電子書籍(Kindle)版「新しきプロメテウス」シリーズ全6巻の詳細を以下にご案内します。

<抜粋>
星たちのささやき
「わたしは、貴方がどんなに孤独かを知っている。
貴方の以前にはなにものもなく、貴方以外のものはみな、貴方の後から出てくるからである。」
岩山に繋がれながらプロメテウス、星たちが互いにささやき合っている声に耳を傾ける。
「わたしたちは、あの人(主なる存在)から出てきたのですが、あの人がいつも心愉しまないのを知っています。
わたしたちを含め、いっさいのものは、あの人から出ているのに、あの人には、あたかも一切のものが存在していないかのように感じられているのです。
なぜかというと、それは、あの人が生んだものが、少しもあの人と和むことがないからなのです。」
プロメテウス、静かに星たちに語りかける。
「そうなのだ。可憐なものたちよ。
あの人は、自分が生んだものを愉しむことはないのである。
それは、あの人が、自身と対等なものを持たないからである。
わたしは、あの人によって、ここにこのように縛(いまし)められているが、本当に苦しんでいるのは、わたしをこの場所に繋いだ、あの人のほうなのである。
あの人のために祈ろう。
あの人が自身と対等なものを持ち、互いに対等なものどうしの幸いを生きることができるように。
さあ、行きなさい。そして、あの人が、自身が創造したものと等しいものとなるようにという、わたしのこの祈りを伝えておくれ。」
その言葉に星たちはニコリと微笑むと、さながらピクニックにでも出かけてゆくように、嬉々として行ったのだった。
古代ギリシアの人類神プロメテウスの解放の神話に材を採りながら、自分の中の互いに対等なものどうしの絆であるものと、自分を超えて自分を生きる自分であるものを、人類の哲学、宗教の歴史を通して解き明かす、詩篇第1部、詩篇第2部、ノートからなる哲学的文学作品。詩篇第1部は、岩山に繋がれたプロメテウスが、わたしたちの心を形象化したかのような精霊たちとの対話を通して、人間としての「誇り」と、人間を縛っているものについて語りかける。
コーカサスの岩山で。プロメテウスにささやきかける星たち。夜の雷光。地霊。愛と憎しみの精霊。自分しか愛さないもの。助けるものたち。かりそめの世界を通してかかわる霊たち。人の悲しみを通して生きるもの。控えめな心であるもの。自分しか見えないもの。自分の場所を守ろうとするもの。力づくでなそうとするもの。主なるものの秘密。完全無欠ではないこと、とから成る。

<抜粋>
自分は間違わないという錯覚(デカルトの魂)
「わたしを超えてわたしを生きる、わたしの主なるものよ。
貴方は、わたしを通して、互いに対等なものどうしであるものを生きようとしたが、貴方自身が満ち足りることはなかった。
そこで貴方は、互いに対等なものどうしであるものに、貴方の神性であるものを付与することにした。
それは、自身と対等なものを持たない創造主の孤独である。
それを自由とか個人という言葉に包(くる)むと、貴方は、互いの絆であるものから分かたれた、個々のわたしであるものを通して、貴方であるものを生き始めたのであった」
地から声がする。
われ思う。ゆえにわれ在り──
「疑い得ぬ自分がわたしを捉えると、貴方は疑い得ぬわたしを通して、世界を治め始めた。
貴方から生きられる世界は疑い得ぬ世界であり、貴方を通して世界を生きる人間は、真実の生を生きるものとされた。
こうして、間違わない人間による、間違わない人間どうしの闘争が繰り広げられることになった。
人間は世界について理解することを通して、世界の主人となり、また自分たち自身について理解することを通して、自分たちの支配者となる。
互いに対等なものどうしであるはずのものは、互いから分かたれ、互いを損ない合うことで、貴方からより生きられるものとなったのであった。
かくして世界は、互いに対等なものどうしが、バラバラに分かたれた場所になったのである。」
再び声がする。
自然に帰れ!──
「存在の自然である、自由の思想とは裏腹に、あなた方人間は、互いをおびただしく傷つけ合ってきたのである。
あなた方は、自分たちが互いに対等なものどうしであることを理解していない。
自分たちが、互いに対等なものどうしをより生き合う存在であることを分かっていない。
自由とは、互いに対等なものどうしから分かたれた自分を生きることではなく、互いに対等なものどうしをより生き合うためのものなのである。
自分が間違うことがあることを認めるところから、自分を超えて自分を生きる、自分であるものから自立した、互いに対等なものどうしであるものをより生き合うことができる自分を持つこと。それが、真の自由の姿なのである。」
古代ギリシアの人類神プロメテウスの解放の神話に材を採りながら、自分の中の互いに対等なものどうしの絆であるものと、自分を超えて自分を生きる自分であるものを、人類の哲学、宗教の歴史を通して解き明かす、詩篇第1部、詩篇第2部、ノートからなる哲学的文学作品。詩篇第2部は、岩山に繋がれたプロメテウスが、ルネサンス以降の哲学の歴史を通して、自由と幸福の問題を問いかける。
自分は間違わないという錯覚(デカルトの魂)。虚妄にこそ真実がある(ジョルダーノ・ブルーノの魂)。あらかじめ損なわれたわたし(ペトラルカの魂)。生きられる世界は、ただ一つではない(スピノザの魂)。貴方という一なる存在(ライプニッツの魂)。貴方の醒めた眼差し(モンテーニュの魂)。この世界には貴方を超えたものしかないということから離れる(バークリの魂)。自分の感覚を信用する(ベーコン、種族のイドラ)。互いのとらわれていることを大事にする(ベーコンの魂、洞窟のイドラ)。相手の言葉を信じる(ベーコンの魂、市場のイドラ)。尊敬の念から誤りも受け容れる(ベーコンの魂、劇場のイドラ)。なにものでもない貴方が、なにかになること(ジョン・ロックの魂)。偶然隣り合うことの真実(ヒュームの魂)。よりよく生き合うためのルール(ホッブズの魂)。自由に先立つものがなければならない(ジャン・ジャック・ルソーの魂)。わたしという落とし穴(カントの魂)。わたしが生きられた証である世界(フィヒテの魂)。世界がわたしの中に組み込まれている(シェリングの魂)。精神の発展に異議をさしはさむ(ヘーゲルの魂)。より大きな愛が、否(いな)まれた自己自身を手当する(ヘルダーリンの魂)。人生は苦しみであるという呪い(ショーペンハウエルの魂)。自分の運命を選びとる自由(キェルケゴールの魂)。自分が作ったものが自分を支配している(フォイエルバッハの魂)。仕組み全体を作り変えなくてはならない(カール・マルクスの魂)。どのようにも生きることができる(ニーチェの魂)。自分自身を括弧にいれる(フッサールの魂)。他者とはわたしが実存する場所である(ガブリエル・マルセルの魂)。危機的状況が世界の創造主にする(ヤスパースの魂)。限りある今を生きる(ハイデガーの魂)。ある人へ宛てた手紙(elegy)。疲れた貴方へ(help me)。わかった気になるな(ウィトゲンシュタインの魂)。思考から解き放つ(ジャック・デリダの魂)、とから成る。

<抜粋>
わたしがある世界
天地創造神話とは、貴方によって生きられ、創り出された世界のことである。
貴方が存在する以前には世界はなく、貴方が存在したと同時に、この世界は存在するようになったのである。
それは、天地の創造者である貴方にとって意味を持ってこそ、世界は存在すると言えるからである。
世界の創造主である貴方は、また、貴方が創造した世界をよりよく生きるために、塵からわたしを作り上げると、こう語りかけた。
「からだをもてるものよ。
あなたは、自身を超えて自身を生きる、あらかじめなる光である私から、あらかじめなる血として活きづかれることを通して、数多のからだであるものから分かたれた、あなたのからだであるものを生きるのである。
耳をもてるものよ。
あなたは、自身を超えて自身を生きる、高き光である私から、高き胸として導かれはぐくまれることを通して、数多の耳であるものから分かたれた、あなたの耳であるものを生きるのである。
脚をもてるものよ。
あなたは、自身を超えて自身を生きる、限りなき光である私から、限りなき腕として創造され、在らされることを通して、数多の脚であるものから分かたれた、あなたの脚であるものを生きるのである。
肩をもてるものよ。
あなたは、自身を超えて自身を生きる、豊かき光である私から、深き内腑として満ち足らされることを通して、数多の肩であるものから分かたれた、あなたの肩であるものを生きるのである。
背をもてるものよ。
あなたは、自身を超えて自身を生きる、固き光である私から、固き皮膚として庇われることを通して、数多の背であるものから分かたれた、あなたの背であるものを生きるのである。
肉身をもてるものよ。
あなたは、自身を超えて自身を生きる、一なる光である私から、一なる骨として支え持たれることを通して、数多の肉身であるものから分かたれた、あなたの肉身であるものを生きるのである。
目をもてるものよ。
あなたは、自身を超えて自身を生きる、あまねき光である私から、あまねき舌として味わわれることを通して、数多の目であるものから分かたれた、あなたの目であるものを生きるのである。」
古代ギリシアの人類神プロメテウスの解放の神話に材を採りながら、自分の中の互いに対等なものどうしの絆であるものと、自分を超えて自分を生きる自分であるものを、人類の哲学、宗教の歴史を通して解き明かす、詩篇第1部、詩篇第2部、ノートからなる哲学的文学作品。ノートは、岩山に繋がれたプロメテウスが、わたしたちを超えてわたしたちを生きる精神であるものについて語りかける。
わたしがある世界。楽園からの追放。わたしを損なっているもの。貴方が創造した世界。貴方から生きられるわたし。わたしとわたしの隣人が作り出す新たな場所。貴方によって捏造されたわたし。貴方による敵の創造。思考が限りあることの認識から本当の思考は立ち上がる~パスカル。唯一のより所という錯覚~デカルト。虚妄にこそ真実がある~ジョルダーノ・ブルーノ。あらかじめ損なわれたわたし~ヒューマニストたち(ペトラルカ)。創造主の中に住まう思想~スピノザ。協同する世界~ライプニッツ。わたしの醒めたまなざし~モンテーニュ。ただわたしを生きるものだけがある~バークリ。ベーコンの四つのイドラについての真反対の解釈。すなわち、自分の感覚を信用する~ベーコン、種族のイドラ。互いの囚われていることを大事にする~ベーコン、洞窟のイドラ。隣人の言葉を信じる~ベーコン、市場のイドラ。尊敬の念から誤りを受け入れる~ベーコン、劇場のイドラ。なにものでもない自分が何かになる~ジョン・ロック。偶然の生を生きる~ヒューム。よりよく生き合うために足かせを持つ~ホッブズ。自由に先立つものがなければならない~ジャン・ジャック・ルソー。ドイツ観念論に対する批判的受容。すなわち、わたしから生きられる世界~カント。わたしが創造される世界~フィヒテ。わたしの中に世界は投影されている~シェリング。歴史の発展に異議をさしはさむ~ヘーゲル。より大きな愛が、自身を否むことの痛みを手当てしてくれている~ヘルダーリン。互いの意思が衝突しあう世界~ショーペンハウエル。実存的なものへの批判的受容。すなわち、自分の運命を選び択る~キェルケゴール。自分たちが作ったものが、自分たちを束縛している~フォイエルバッハ。仕組みを土台ごと変える~カール・マルクス。どのようにも生きることができる~ニーチェ。自分自身を括弧にいれる~フッサール、現象学。他者とはわたしが実存する場所である~ガブリエル・マルセル。危機的状況が世界の創造主にする~ヤスパース。限りある今を生きる~ハイデガー。メルロ・ポンティの身体の現象学を詳細に見てゆく。すなわち、身体を息づいているものが貴方の思考をかたち作っている~メルロ・ポンティ。内に語りかけるものがわたしを導く~メルロ・ポンティ。在る足と作る手~メルロ・ポンティ。満たされる肩と満たせる内腑~メルロ・ポンティ。庇われる背、強固なる皮膚~メルロ・ポンティ。つなぎとめられる肉身、貫き支える骨~メルロ・ポンティ。限られた目、味わう舌~メルロ・ポンティ。また、サルトルのアンガージュマンを詳細に検討してゆく。すなわち、互いに活かされ合っていることを生きる~サルトル。意識的に隣人の声に耳を傾ける~サルトル。互いを創造し合う社会~サルトル。意識的に相手を受け入れる~サルトル。積極的に相手を評価する~サルトル。積極的に支えにゆく~サルトル。積極的に目を開いてゆく~サルトル。役立つ思考~プラグマティズム。語りうることはなにかを明らかにする~ウィトゲンシュタイン。思考からの解放~ジャック・デリラ、から成る。

<抜粋>
数多のものから分かたれた自分と、主なる神の出現
あなたは、いつから自分というものを持ったことであろうか。
自分がなかった頃、あなたは数多のものであり、数多のものが、あなたであった。
あなたは大地であり、風であり、木であり、水であり、そして光であった。
ただ火だけは、あなたには属さず、あなたを超えてあなたを生きるものであった。
火は数多のものを分かち、創造する力である。
やがて火であるものは、数多のものからあなたであるものを分かつと、自身の火であるものを、あなたの中に灯らせたのであった。
自身を無限に分割してゆける火は、数多のものに対して創造し働きかける権威として、あなたを生きるのである。
けれど、数多のものを創造し働きかけるものとしては、あなたは、あまりに力不足であった。
あなたの中の、自分自身を超えて生きようとする欲求が、あなたから、あなたを超えてあなたを生きる主なるものを分かたせた。
あなたから分かたれた主なるものは、あなたを超えてあなたを生きる、あなたの自分であるものとして、あなたの中でこう命じた。
あなたはどのような試練にも耐えなくてはならない。それがあなたを、さらに数多のものの創造者として相応しいものに導くであろう、と。
こうしてあなたは、あなたを超えてあなたを高く導く、あなたの自分である、あなたの主なる神を持ったのである。
わたしたちは、あたらしいイエスを持たなければならない。それは自身と対等なものを持たない完全無欠の神から、互いに対等なものどうしであるわたしたちを解放するとともに、互いに対等なものどうしを生き合うことを説く、数多の宗教を統一し、万人の哲学に止揚される、新しい思想の指導者としてである。
第1部 あなたイエスが現れる前の世界はどのような場所であったか。数多のものの一部であった人類は、あるとき、数多のものから分かたれた。それとともに、数多のものを創造し、在らせる主なる神が現れるのである。神は、あなたの外から来るのではなく、あなたの内から出てくるのである。そして、それは、あなたから分かたれたものの中で、一番最後のものである。それ以前に、他者に対する憎しみは、あなたから分かれたものであった。天国とは、永遠の命への憧憬が作り出したものである。自身と対等なものを持たない主なる神は、自身と対等なものどうしを生き合う絆であるものを創造した。それが、人類神プロメテウスである。しかし、互いに対等なものどうしを結ぶ絆であるプロメテウスの下、互いに対等なものどうしを生き合うものたちは、しだいに主なる神をないがしろにしだしたので、再び主なる神に従わせるために、宗教を創造したのである。
第2部 イエスはなにをやったか。罪の子として生まれたイエスは、自分を罪の子としているものの存在と対決した。それは、互いに対等なものどうしを超えて生きる主なる神である。主なる神は、イエスを自身への崇拝者にしようとするが、イエスはこれをはねつけ、互いに対等なものどうしを生き合うべきであることを宣言する。天国はすでに来ている。それは、この場所のことであり、奇跡とは、互いを縛っている主なる神から解き放たれて、互いがより生き合うことである。自分の心を乗り越え、互いを生き合う。自分を超えて生きるもののために生きてはいけない。誰かを損なうのは、あなたではない。互いに対等なものどうしの心にしたがって生きるのである。その一方、神の孤独を生きることを勧める。神とは、互いを生き合うための知恵である。しかし、イエスに対する過剰な期待がイエスを死へと追い込むことになる。遺されるべき言葉とは、自分の求めに気づくことであり、自分の求めに気づくことで、新しき自分を生きることになるのである。自身を超えて自身を生きるものとの最後の対決。そして、十字架上で、イエスは、自身を超えて自身を生きる主なる神が、互いに対等なものどうしがより生き合われるように、見守ってくれることを祈って、息絶えるのである。
第3部 イエス亡き後、どのようにキリストのからだが受容されたか。マグダレーナとは、隣人のために自身の命を投げ捨てることを厭わない魂のことである。彼女は、師から救われた恩返しのために、隣人のために命を投げ出そうと誓ったのであった。そうして、彼女から救われたものがいた。それは、とても粗暴な男であったが、彼女を通して、純粋な魂の建物を自分の中に築くのである。イエスの教団はペテロの指導の下で、イエスの意図に反して、イエスを主なる神に祭り上げるものに変わってしまった。これに批判を展開したのが、サマリアのメシアと呼ばれた、シモン・マゴスである。その後、教団は、内側にさまざまな異端思想を生じさせることになる。モンタノス主義、モナルキア主義、アリウス主義、アポリナリオス主義、ネストリウス主義であった。そして、結局は、正統派と称するものも異端の疑いを拭い得ず、正しさが正統さではなかったことが暴かれることになるのである。

<抜粋>
今を生きているこの場所
※パスカルとジャンセニズムにちなんで
なにものでもあるし、なにものでもないあなたは、あるとき、自分自身に対して、どのようにも生きることができるという内なる声を聞いた。
それは世界を創造または捏造する存在としての自分である。
わたしたちは、自身が創造または捏造した世界から生きられている。
その意味では、世界の創造者、または捏造者であるわたしたちが、自身について思弁するということは、じつはとても無意味なことなのである。
そもそも思弁は、じつは存在しない。
それは、思弁が、創造、または捏造された世界の一部であるからである。
つまり、どんな思弁も意味がなく、しかも、わたしというものは存在している。
それは、この存在を唯一支えてくれるものがあるからである。
この存在を唯一支えてくれる存在、それが神であり、神とのつながりである、信仰心である。
数学者、科学者であったあなたは、科学の無力を感じ、神への信仰に入った。
同時代人の、近代的哲学の祖と言われる、あなたのライバルもまた、神への信仰を証するために真なる知を求めた人であった。
神への信仰の下に、科学は創造され、神への信仰がなければ、どんな科学もまったく意味がなく、信仰と科学とは一つに結ばれていたのである。
人間が自然の中で取るに足らない存在であることを明らかにすることを通して、人間にとっていかに神が必要なのかと、あなたは語ろうとしたのである。
そのあなたは、とある厳格なカトリックの教団の一員であった。
あなたの師は、カトリックの枠の中で、いま自分たちが安んじている場所こそ、神から与えられた場所であることを認識し、清貧につとめることを通してのみ、神からより自身であるものを生きられることを説いた。
この信念を一言でいうなら、今自分が生きている「この場」への信仰である。
すなわち、
わたしが活きづくこの場所こそ、わたしがあらかじめ活きづかれている場所である。
わたしはこの場所を通して、わたしのより「強くあるもの」を生きるのである。
またわたしが導かれ、はぐくまれるこの場所こそ、わたしが高く導かれ、はぐくまれている場所である。
わたしはこの場所を通して、わたしのより「聡くあるもの」を生きるのである。
またわたしが創造され、在らされているこの場所こそ、わたしが限られなく創造され、在らされている場所である。
わたしはこの場所を通して、わたしのより「とらわれなくあるもの」を生きるのである。
またわたしが満ち足らされているこの場所こそ、わたしが深く満ち足らされている場所である。
わたしはこの場所を通して、わたしのより「豊かくあるもの」を生きるのである。
またわたしが守られているこの場所こそ、わたしが堅く守られている場所である。
わたしはこの場所を通して、わたしのより「貴くあるもの」を生きるのである。
またわたしが支え持たれているこの場所こそ、わたしが一に支え持たれている場所である。
あなたは、あなたが一に支え持たれるこの場所を通して、あなたのより「重くあるもの」を生きるのである。
またわたしが味わわれているこの場所こそ、わたしがあまねく味わわれている場所である。
わたしはこの場所を通して、わたしのより「広くあるもの」を生きるのである。
あらゆる宗教はみな正統のものに対する邪教であった。近現代の宗教改革と神秘思想を通して、自分を超えて自分を生きるものと、互いに対等なものどうしの絆であるものを問いかける、哲学的文学作品。 今を生きているこの場所(パスカル、ジャンセニズムにちなんで)、誰とも通じているからだ(セバスティアン・フランクにちなんで)、どこにも繋がるからだ(セリオ・セクンド・クリオーネにちなんで)、現世のからだを拒むからだ(シェーカー教徒にちなんで)、透明なからだ(クェーカー教徒にちなんで)、あらゆるものを取り込むからだ(ユニヴァーサリストにちなんで)、互いから引き離されるからだ(エホバの証人にちなんで)、互いに共有されるからだ(ジョン・ハンフリー・ノイズにちなんで)、新しき言葉を聞くからだ(末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教徒)にちなんで)、世界を救うからだ(キリストの兄弟たち(アデルフィアン)にちなんで)、魂の病(クリスチャン・サイエンスにちなんで)、世界のからだ(エマニュエル・スウェーデンボリにちなんで)、日々の生活から生きられるからだ(メソジスト教会にちなんで)、から成る。

<抜粋>
太陽の光の教え
樹の葉の間から太陽の光が貴方の回りに降りかかり、貴方の顔の面にも落ちていた。
貴方は太陽のぬくもりを感じ、太陽のぬくもりは貴方の周りのものだけでなく、貴方にも、もたらされると聞いた。
すなわち、太陽のぬくもりは貴方の周りだけではなく、貴方にも、もたらされる、と聞いた。
貴方は、貴方の周りのものとともに、太陽のぬくもりをもたらされる、と聞いた。
貴方の周りのものは、貴方とともに、太陽のぬくもりをもたらされる、と聞いた。
また太陽のぬくもりは貴方に、あらかじめなる力を隅々に行き渡らせると、貴方は聞いた。
すなわち、太陽のぬくもりは貴方を力づける、と聞いた。
貴方は太陽のぬくもりから力を受け取る、と聞いた。
力は太陽のぬくもりを通して、貴方に与えられる、と聞いた。
また貴方は、貴方の周りのものとともに、あらかじめなる力を与えられる、と貴方は聞いた。
すなわち、貴方は、貴方の周りのものとともに力を与えられる、と聞いた。
貴方の周りのものは、貴方とともに力を与えられる、と聞いた。
力は、貴方の周りのものと貴方とを分け隔てなくもたらされる、と聞いた。
また太陽のぬくもりは、貴方の周りのものを通して、あらかじめなる力を隅々に行き渡らす、と貴方は聞いた。
すなわち、太陽のぬくもりは、貴方の周りのものを通して力をもたらす、と聞いた。
貴方の周りのものは、太陽のぬくもりを通して力をもたらす、と聞いた。
力は、太陽のぬくもりを通して、貴方の周りのものからもたらされる、と聞いた。
さらに貴方は、太陽のぬくもりがもたらす力が、貴方をあらかじめ強くあるものに活きづかせ、貴方を高く導きはぐくむとともに、貴方を限られなく在らせると、貴方を深く満ち足らせるとともに、貴方を固く庇い、貴方を一に支え持ち、貴方をあまねく味わうと聞いた。
太陽のぬくもりがもたらす力は、貴方をあらかじめ活きづかせることで、貴方の中に、貴方の強くあるものを生み、
太陽のぬくもりがもたらす力から、あらかじめ活きづかされることで、貴方は、貴方の強くあるものを生き、
貴方の強くあるものは、貴方が、太陽のぬくもりがもたらす力から、あらかじめ活きづかされることで生まれるのである。
また、太陽のぬくもりがもたらす力は、貴方を高く導きはぐくむことで、貴方の中に、貴方の聡くあるものを生み、
太陽のぬくもりがもたらす力から、高く導きはぐくまれることで、貴方は、貴方の聡くあるものを生き、
貴方の聡くあるものは、貴方が、太陽のぬくもりがもたらす力から、高く導かれはぐくまれることで生まれるのである。
また、太陽のぬくもりがもたらす力は、貴方を限られなく創造し在らせることで、貴方の中に、貴方のとらわれなくあるものを生み、
太陽のぬくもりがもたらす力から、限られなく創造され在らされることで、貴方は、貴方のとらわれなくあるものを生き、
貴方のとらわれなくあるものは、貴方が、太陽のぬくもりがもたらす力から、限られなく創造され在らされることで生まれるのである。
また、太陽のぬくもりがもたらす力は、貴方を深く満ち足らせることで、貴方の中に、貴方の豊かくあるものを生み、
太陽のぬくもりがもたらす力から、深く満ち足らせることで、貴方は、貴方の豊かくあるものを生き、
貴方の豊かくあるものは、貴方が、太陽のぬくもりがもたらす力から、深く満ち足らされることで生まれるのである。
また、太陽のぬくもりがもたらす力は、貴方を固く庇うことで、貴方の中に、貴方の貴くあるものを生み、
太陽のぬくもりがもたらす力から、固く庇われることで、貴方は、貴方の貴くあるものを生き、
貴方の貴くあるものは、貴方が、太陽のぬくもりがもたらす力から、固く庇われることで生まれるのである。
また、太陽のぬくもりがもたらす力は、貴方を一に支え持つことで、貴方の中に、貴方の重くあるものを生み、
太陽のぬくもりがもたらす力から、一に支え持たれることで、貴方は、貴方の重くあるものを生き、
貴方の重くあるものは、貴方が、太陽のぬくもりがもたらす力から、一に支え持たれることで生まれるのである。
また、太陽のぬくもりがもたらす力は、貴方をあまねく味わうことで、貴方の中に、貴方の広くあるものを生み、
太陽のぬくもりがもたらす力から、あまねく味わわれることで、貴方は、貴方の広くあるものを生き、
貴方の広くあるものは、貴方が、太陽のぬくもりがもたらす力から、あまねく味わわれることで生まれるのである。
プロメテウスシリーズの第5作目。仏教の開祖シッダッタは、ここでは、自身を捉えているものこそ、自身を超えて自身を生きる、自分であるものである。このことを苦行の後に発見し、自身を超えて自身を生きるものからではなく、互いに対等なものどうしを生き合うべきであると説くものとして語られる。
第1章 生きることの苦しみに心が震えるのが止まらない貴方は、あるとき人生の無常を愉しむ思想に触れ、瞑想を始め、巷に聞こえる思想について吟味する。個々が生きられていることを重んじる思想、個々の正しさを重んじる思想、個々の自由を重んじる思想、個々の充足を重んじる思想、個々の平穏を重んじる思想、個々の尊厳を重んじる思想、個々の真実を重んじる思想。それらは言ってみれば、古代の実存主義である。普遍的な真理を認めず、ただ自分の中で生きられているものだけを生きようとする態度である。貴方はこれにとても不満であった。なぜなら、貴方は誰にも通用する永遠の真理を求めたからである。貴方は自ら師を求めるべく、出家する。
第2章 王宮を出奔した貴方は、まずなにものも所有しない思想に触れる。しかし、貴方はなお不足であった。次に、貴方は考えにとらわれない思想と交わる。ここでも、貴方は自分が求めているものに出会えなかった。貴方は、自分自身の力でまだ誰も語っていない真理を見つけ出さなくてはならないと悟ったのである。
第3章 貴方は苦行の森に入る。そこでまず理不尽なことにしたがう行を行い、食を断つ行をし、襤褸(ぼろ)着の行をし、森の深くに入って誰とも交わらぬ行をし、死に至る行を敢行する。しかし、貴方は、命のゆりかごの中で、まだなにも得ていないことを気づかされるのである。
第4章 貴方は、果たしてこの自分は自分が求めているものであろうかと疑念を持つ。そよ風が、貴方が自分を損なっていることを教える。続いて闇の底から、自分を損なっているのは、自分を超えて自分を生きるものであると、語りかけられる。
第5章 貴方に生霊たちが訪れ、自分がどのように損なわれてきたかを語りかけ、貴方はそれらの生霊が自分にかわって語っているのだと悟る。そして、太陽の光から、自身を超えて自身を生きるものから解き放たれて生きることを聞き、隣人から施された乳粥を通して、互いに対等なものどうしを生き合うべきことを理解し、水につかることを通して、貴方は自身を超えて自身を生きるものから解き放たれた、自分自身であるものに生まれ変わるのである。貴方は、自身を超えて自身を生きるものと対決すべく険しい山への登攀を敢行し、自身を超えて自身を生きるものから自分が解き放たれることを宣言する。山を下りた貴方は、とある木の下に座すと、木から、貴方の教えを授けられるのである。そのあとの貴方を、貴方自身の過去、現在、未来が訪れ、また妻の魂が訪れると、さらに互いに対等なものどうしの絆であるものが、貴方が互いに対等なものどうしのために働くことを語りかける。また貴方のもとに守旧派たちが集まり、貴方に挑むが、貴方は動じなかった。
第6章 互いに対等なものどうしのためにも、貴方が得たものを伝えなければならないことを聞くと、貴方は伝道の旅に出ることを決意したのである。太陽への讃歌を通して、自分を超えて自分を生きるものが、互いに対等なものどうしを結ぶ絆となることを祈る。また、互いに対等なものどうしが貴方によらず、互いに対等なものどうしによって生き合われるべきことを語りかける。
貴方の伝道の旅も最後の時を迎えていた。貴方は自分の死が間近いことを知ると、弟子たちにこれからは貴方ではなく、自分自身を師として生きるべきことを語りかけ、この世を去るのであった。